鈴木未知子
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ウード、ネイと並んで、アラブの古典音楽には欠かせない楽器<カーヌーン>。美しく繊細な音色はオリエンタルを踊るダンサーならきっと聴いたことあるはず。奏法が複雑なことでも知られるこの楽器を独学で習得し、現在は演奏から後進の指導まで幅広く手掛ける鈴木未知子(スズキミチコ)さんに、実は音色以外はあまり知らなかったアレコレを教えてもらいました!
●アラブ音楽家としての一歩はベリーダンスの現場から
―中東文化との出会いは、打楽器全般と西洋音楽を学んでいた高校生のときに遡ります。テレビでたまたま日本とトルコの友好関係を描いたドキュメンタリー番組を見て深く感動し、その中で映ったイスタンブールの景色やベリーダンス、そして背景に流れていたエキゾチックな音楽にも興味を持ちました。
その後、大学の民族打楽器クラスでダルブッカを担当。そのご縁で松尾賢さん率いるオリエンタル音楽アンサンブル「アラディーン」に出会い、紹介されたのが<カーヌーン>です。アラブ音楽に関する知識はほとんどありませんでしたが、「面白そうだな」と興味を惹かれてトライしてみることにしました。
当時は国内に奏者や先生はおらず、手元にあったのは賢さんからお借りしたカーヌーン1台だけ。ベリーダンサーさんと共演するライブは定期的にあったので、毎月十数曲…次に演奏する楽曲を無我夢中で覚えながら、現場でメンバーから学び、演奏技術は最初は独学で研究しました。その後も中東諸国の大使館に招かれて演奏したり、トルコ文化庁から短期音楽留学のチャンスをいただいて現地で改めてカーヌーンの技術を教わったり。自身でも大学院で研究生として学んだりしながら、さらに中東文化への理解を深めています。
―アラブ音楽の魅力は
何よりアレンジの自由さ!
なかでもベリーダンスの現場では、<ダンサー・ミュージシャン・観客>の三者が影響し合いながらステージを作り上げていく感覚があります。優雅・繊細・パワフルetc.…さまざまなダンサーさんのキャラクターに合わせて演奏を工夫してみたり、お客様の反応やダンサーさんの豊かな表現力から新たに刺激を受けたり。その場その瞬間にいる人だけが体験できる<アート>だと感じています。
●優雅な音色と裏腹に…演奏中は常に先の展開を考えながら
-<カーヌーン>は11~12世紀起源の古い伝統楽器。長い歴史のなかで、中東諸国のみならず、アジア各地にも広く伝わっています。
私が主に使用しているトルコのカーヌーンは、1音あたり3弦×27コース。両手ひと差し指につけた爪(亀の甲羅などの天然素材が人気です)でこの弦を琴のように弾いて音を出します。弦は日本製のフロロカーボン(釣り糸)をわざわざ輸入しているそうですよ。
―中東音楽には<微分音>と呼ばれる微細な音程があります。カーヌーンでは、この音色をコントロールするために、左側に設置されたモンダル(レバー)で音程を操作しながら演奏するのですが、トルコ音楽ではアラブ音楽より更に細かい音程が必要なので、最大で12枚ついているのも! 常に先の展開を考えて左手でレバーを調節しながら演奏しなければいけないので、最初は覚えるのに大変苦労しました。
―カーヌーンの演奏が印象的な曲はたくさんありますが、おそらくベリーダンサーさんにもっとも馴染み深いのは、名曲「Enta Omri」冒頭のフレーズではないでしょうか。
―このほかにも、ムハンマド・アブドゥル・ワッハーブの「Kull Da Kan Leh」の高音のトレモロや「Fakkarouni」の技巧的なソロもカーヌーンの豊かな音色をたっぷり堪能できます。ベリーダンス用のアレンジだと前奏部分は演奏されないことも多いので、こちらに原曲のオーケストラ演奏をご紹介しておきますね。
●古典からゲーム音楽まで!カーヌーンの可能性は無限大
―トルコ人にとって、
高価で操作も複雑なカーヌーンは<憧れの楽器>。
以前私がトルコの街をカーヌーンケースを背負って歩いていたところ、「なぜ日本人がカーヌーンを持っているの?」といろいろな人が興味を持ってくださり、多くのトルコ人の皆さんの前で演奏の機会を頂きました。
―レバーの調整次第では、カーヌーンは中東音楽以外の音色も演奏することができます。実際トルコでは古典や民謡だけでなくポップスやコンテンポラリー音楽でも使われており、その音色は世代を問わず多くの方々を魅了しています。
―実は日本でも…私が主宰するカーヌーン講座には中高生の生徒さんもいるのですが、彼女たちは<ゲーム音楽><人気Vtuber>をきっかけにカーヌーンに興味を持ったそう!
様々なクリエイターの方々からCMやテレビドラマの音源制作の依頼をいただいたり、一般の方向けのイベントでもカーヌーンの演奏を依頼される機会が増えたり…ベリーダンスや民族楽器とはまったく違うところでも認知されはじめているように思います。
伝統音楽にはじまりカバーからオリジナルまで自在に個性を発揮できるこの楽器、私自身、一人の<アーティスト>としても大きな可能性を感じています!