常味 裕司
アラブ独特の複雑な旋律をつかさどる弦楽器<ウード>。美しい曲線は歌のなかで女性のボディラインに例えられることもあり、ダンサーにとっては即興で踊るタクシームパートでおなじみです。出会いから約40年。この第一人者であり日本を代表する演奏家・常味裕司(つねみゆうじ)さんに、改めてこの楽器の魅力を伺いました!
●シルクロードを経て日本にも伝わった古い弦楽器
―ウードは古代ペルシャ発祥の弦楽器。現在はトルコ・中東~北アフリカまで広く庶民まで親しまれており、とくに歌の伴奏には欠かせない存在です。日本の<琵琶>やヨーロッパの<リュート>、ひいては<ギター>へと繋がっていったと言われています。
-演奏は<リーシャ>という平たい棒状のものを右手に持ち、2本の弦を弾いて行います。リーシャとは、アラビア語で「鳥の羽」の意。今のリーシャはナイロンやさまざまな天然素材が主流ですが、古くは鷲(わし)の羽の軸部分が使われていたんですよ。
折れ曲がったネックにはギターのフレットに当たる部分はなく、指を押さえる位置で音のニュアンスを調整します。そもそも西洋の音楽と違い、アラブには「絶対音」がありません。だから歌手の喉の調子がいまいちだったらその場で音程を下げたり…音色を人間の調子や好みのほうに合わせていくという感覚でしょうか。
曲を楽譜に残すようになったのも1930年代~と、ウードの長い歴史から考えたらつい最近のこと。ライブ演奏では即興のパートも多いので、お客様やミュージシャン同士…人と人との相互作用で音楽がどんどん変化していくのも醍醐味の一つだと思います。
●出会いは一枚のレコードから
―ウードの音色に出会ったのは社会人になってすぐ。当時の日本はバブルの好景気がはじまる直前で、街やテレビに流れるのはキャッチ―なCMソングや流行のニューミュージック。大好きだった音楽が商品化され次々と消費されていくことに違和感を覚え、世界の民族音楽に興味を持ちはじめた頃のことです。
レコード店で美しいジャケットが目に留まり、さっそく聴いてみたところウードの音色にピンときてしまって。まさに「原点回帰」という言葉通り…音楽を聴いて鳥肌がたったり、涙を流したりしていた学生の頃にリセットされるような不思議な感覚を味わいました。
「何とかしてこの楽器を手に入れたい!」と思い友達づてに情報を集め、吉城寺の民芸品店で安物(といっても当時で8万!)のウードを入手。当時東京に滞在していたスーダン人ウード演奏家、ハムザ・エルディン氏の指導を受けることもできました。
-その後は日本企業に勤めていたチュニジア人の方から「チュニジアの至宝」故アリ・スリティ先生をご紹介いただき、仕事の長期休みを利用したりして何度も現地へ通いました。
当時の僕は片言の英語しかできなかったので、1時間のプライベートレッスンは先生が弾くのを聴いては真似して演奏してみる…の繰り返し。先生についていくのに精一杯で、一応譜面はありましたが確認する余裕などまったくなかったです。
先生の演奏を聴いているとついつい笑顔になってしまうし、アラブの先人たちの文化や歴史までもが目の前に見えてきて「まいったな」「すごいな」というため息しか出てこない。言葉による説明ではなく、先生が<音>で教えてくれたこと、今思うと本当に貴重な学びの経験だったと思います。
●「君は日本人だからアラブ音楽はできない。でも…」
-一度だけ、通訳の方をお願いして、先生と言葉の壁なくじっくりお話しする機会がありました。
「ユウジ、君は日本人だからアラブ人が弾くように演奏するのは難しいよ。日本とアラブでは景色も食べ物も歴史も全然違うからね。でも、君が弾くウードにはとても<魅力>がある。ぜひこの楽器の音色を日本へと広めてほしい」
この言葉でウードに対する僕の迷いはすべて吹き飛びました。
そもそもの文化風土が違うから、僕は一生かけて勉強してもウードを「アラブ人っぽく」弾くことはできないかもしれない。でも逆にそこに日本人ならではの良さを取り入れていくことはできる―。
文化というのは、現地では単なる<日常の風景>ということも実は多くて。いま海外で日本食や日本庭園が評価されているように、歴史的にはむしろ第三者のほうがその素晴らしさを認識し、真摯に学んで受け継いだり変化・発展させたりしてきました。自分は、この役割を担っていくしかないと腹をくくったんです。
先生からいただいたウードは今も大切に使っています。ネックの裏には先生の名前が刻まれており、先生からいただいた言葉を思い出します。
●BGMではなく…音楽だけを楽しむ時間のススメ
-余談ですが、プライベートでは昨年中古のプレイヤーを入手して、再びレコードで音楽を聴くようになりました。仕事でも何かの片手間でもなく、そのために時間を割いて音楽だけを味わっているとやっぱり「音楽はいいな」と感じます。
ライブにいらっしゃるお客様も、音楽に合わせて身体を揺らしたり時にはメロディを口ずさんでみたり。知らない曲でも、同じ旋律が何度も繰り返されるうちに身体になじんでくるようで、皆さん思い思いのスタイルで<音楽だけ>がある時間を楽しんでいらっしゃいます。
―親子向けの演奏会や老人ホームでのボランティア演奏…最近ははじめてウードを聴く方の前で演奏を披露する機会が増えてきました。お客さまからは「なぜか懐かしい感じ」「忘れていたものを思い出した」という感想をいただくことがとても多くて。40年前にはじめてウードの音色を聴いた時、音楽に夢中だった学生時代を思い出した自分の経験とも重なり、とても光栄に感じています。