Safy Akef
https://www.instagram.com/safyakef/
2年間の日本滞在を通し、ダンサー・インストラクターとして日本の私たちにエジプト人女性ならではの踊りをたくさん届けてくれたSafy Akef(サフィ・アケフ)。前編では、エジプシャンダンスの名門・アケフ家に生まれた彼女から、ナイマ・アケフや振付師のイブラヒム・アケフを輩出した家族のことについて、教えてもらいました。
*Special Thanks to…Reiko&Tetsuo Okamoto
●エジプト固有の踊りを広めたい!
―2022年から2年間、大阪を拠点にダンサー&インストラクターとして「ラクス・マスル(アラビア語で、エジプトの踊りの意)」を日本の皆さんにお伝えしてきました。
ベリーダンスはアラビア語で「ラクス・シャルキ」。シャルキとは東洋のすべての国を意味します。私自身はバラディやシャービー、エジプト民族舞踊といったエジプト固有の踊りに誇りを持っているので、ラクス・シャルキではなく「ラクスマスル/エジプシャンダンス」という言葉を使うのが大好きです。
●仕事中とプライベートは別人!祖父イブラヒム・アケフについて
―まず最初に私の家族についてお話させてください。
アケフ家はその昔、エジプトとヨーロッパでサーカスを経営していました。柔軟性をいかした技をみせたり、ワイヤーの上をバランスを取りながら歩いたり、アクロバットを見せたり…身体が柔らかく、音楽や踊りの才能に秀でた人が多かったようです。
その後、家族のなかにはダンスや歌、映画、音楽演奏といった芸術や芸能の分野で活躍する人たちが現れました。多くの映画にも出演した黄金期の大スター、ナイマ・アケフはその筆頭です。
―私の祖父にあたるイブラヒム・アケフも、エジプト舞踊はじめとするダンス全般と音楽を学び、映画の脚本家や作詞家、ショーデザイナーとしてエジプトのエンターテイメント界を牽引した人物のひとり。
祖父は偉大なダンスの指導者でもあり、
エジプトの大スター・ディーナ(@dinadancerofficial)はじめ、数多くのダンサーを育て上げました。カリーマ(小松芳@k.komatsu2022)や日本でも大人気のハーリッド・マフムード(@khaled.goldenhips)も、彼に学んだことがあるそうですよ。
幼い頃、晩年の祖父がダンサーにレッスンをしているところを見たことがあります。教え方は日本の先生のようにとてもシステマチック! 普段はとても明るい「ダンモ・ハフィーフ(アラビア語で、よく笑う人の意)」でしたが、仕事となると大変厳しく完璧主義に徹していたのが印象的でした。
●踊ることと教えることはまったくの別モノ
―私も小さい頃から踊ることが大好き!
ダンサーであった叔母の勧めもあり、15歳でダンスのトレーニングをはじめました。
祖父が亡くなってからは<エジプシャンダンス教師>の仕事をしたいと思うようになり、彼の教え子であり、エジプシャンダンスの継承者であるラヤ・ハッサン(@raqiahassan)のインストラクター養成インテンシブコースを受講しました。
またエジプト民族舞踊については、
ホサーム・エルマンスィ(@elmansyhosam)はじめレダ舞踊団の先生のプライベートレッスンを受講して基本のステップから勉強しました。
楽しくて踊りたいように踊るのと、
<教師>として教えることはまったく違います。
具体的には…
・どんな動きかを体系的に説明する
・振付を考える
・ステージをステップで移動する
・観客に注意を払うetc.
ダンスを教えるために欠かせない
いくつかのルールを学んだ後、
カイロ市内に自分のダンススタジオを設立しました。
●ジェスチャー、表情…日本人に教える上で意識していること
―日本で教えるようになってからは、
動き方の説明はもちろん、
ジェスチャーの意味もすべて細かく説明するようにしています。
ただ、ジェスチャーはちょっとした指の向きを間違えるとまったく違う意味になってしまうし、その時の表情によってもジェスチャーが持つ意味合いは大きく変わってきます。
初めてエジプト文化に触れる方にも、
ジェスチャーの意味が正しく伝わるよう、
レッスンやワークショップではただ見本を見せるだけでなく、その違いを実演してみたりするなど丁寧な説明を心がけています。